創作活動をするということ 第二話

日にちが開いてしまいました。
すみません。
ちなみに宇多田ヒカル=愛称「ヒッキー」と引き篭もりの「ヒッキー」をかけていました。
分からない人多数だったのかもしれませんね……。
失礼しました。


では、前回の続きです。
私がものを創る理由として、メッセージやテーマを込められることを挙げさせてもらいました。
そのことは単に創る工程が面白いという側面もあります。
しかし、一番の目的は現実回帰なのかなと思っています。
私はこう考えるのです。
現実と架空はリンクしています。
架空はただの夢物語ではありません。
例えそれがどんなに現実離れしていても、です。
それは必ず現実の延長上にあるものです。
というのも、人間は無からは何も創れないからです。
「妄想力」という言葉があります。
書いて字の如く、妄想する力です。
妄想なんて現実を無視した意味のないものだと思うでしょうか?
でも、それは違います。
妄想する力が無ければ、現実は変えられないものなのです。
まず、頭の中でイメージすることさえ出来なければ、そのことを実現することは絶対に不可能だということです。
架空である創作物にはその様な思いが詰まっていると思います。
現実があるからこその架空であり、架空は現実の為にあると私は考えています。
「こうだったらいいのになあ」ということを架空の中で表現し、それを見た人に希望を与えることが出来る。
あるいは、逆説的な考えですが、辛い物語を表現し、「現実でなくて良かった」と思ってもらうのも手法の一つだと思うのです。
ですから、「現実逃避」で片付けたくはない、片付けてはいけないはずです。
作品に対して、もっと真摯に向き合いたいと改めて思いました。
今回、SUZUNEさんの日記のおかげで自分の中で考えが整理出来た気がします。
この場を借りてお礼申し上げます。